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伊能忠敬・50歳から天文学を学び、日本初の実測日本地図(伊能図)を作り上げた偉人の生き方
日時: 2018/01/22 01:01
名前: 伊能忠敬の日本地図(伊能図)

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50歳で弟子入り 没後200年の伊能忠敬に学ぶリア充な老後
(2018年1月21日 ゲンダイネット)

2018年(平成30年)は伊能忠敬没後200年。伊能忠敬といえば、事業家として成功した後、50歳から天文学を学び、日本初の実測全国地図を作り上げた偉人。そんな“元祖・シニアの星”に、ある世代から注目が集まっている。

 1818(文政元)年の4月13日(太陽暦では5月17日)に73歳でこの世を去ってから今年で200年。22年前から伊能忠敬の実像を普及させてきた「伊能忠敬研究会」の渡辺一郎名誉代表が言う。

「伊能忠敬を一言で表すなら、旺盛な好奇心とチャレンジ精神、そして合理的な経済マインドを併せ持った人物。自分の夢に果敢に挑みながら、決して無駄遣いをしたり、私財をすり減らしたりしなかった点は、今にも通じるバランス感覚の良さだと思います」

 伊能忠敬は17歳で佐原の酒造家に入り婿し、家業をもり立て49歳で隠居。その時の家の資産は3万両ともいわれる。当時の価値の比較は一概にはいえないが、大ざっぱに1両=10万円とすれば、30億円に上るからスゴイ。

 その後、「地球の大きさを知りたい」と、50歳で江戸に出て天文学者に弟子入り。測量した地図が幕府の目に留まり、日本全図の作成を依頼されたのはよく知られるところだ。

 測量の前半こそ私財を投じたが、後半は幕府事業として予算と人足が出た。結局11年・10回に及ぶ測量旅の8割を幕府の予算で成し遂げた。夢の実現としては、かなりのコスパの良さだろう。

「こうした忠敬の生きざまに憧れるのか、われわれ研究会が運営しているスタンプラリーアプリ『伊能でGo』の利用者の多くが、第二の人生を見据えた中高年世代のサラリーマンです」

 伊能忠敬研究会では、当時測量に関わった人たちを顕彰するイベントを、その子孫ら100人余りを招き4月に東京で行う予定。世間の注目を集めそうだ。そんな忠敬ゆかりの地は、生誕地の千葉や測量の拠点とした東京に点在。リア充な老後に憧れる向きは、巡ってみてはいかが。


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