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高倉健 掲示板
日時: 2014/11/18 13:44
名前: 高倉健 掲示板

(*)高倉健(たかくらけん)プロフィール
本名 :小田剛一(おだごういち)
生年月日 :1931年2月16日
没年月日 :2014年11月10日(満83歳没)
出身地 :福岡県
血液型 :B型
2013年 文化勲章 受章

<主な出演映画>
電光空手打ち , 日本侠客伝 , 昭和残侠伝 , 網走番外地 , 八甲田山 , 幸福の黄色いハンカチ , 鉄道員(ぽっぽや) , あなたへ
野性の証明 , 遙かなる山の呼び声 , 駅 STATION , ゴルゴ13 , ブラック・レイン , 南極物語 , 居酒屋兆治

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(*) 高倉健さんインタビュー
http://urx.nu/efU5

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(*) 高倉健(写真集,DVD,ブルーレイ,CD,書籍,著書,資料)
http://urx.nu/efUm

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(*) 高倉健 動画「冬の華」
http://www.dmm.com/digital/cinema/-/detail/=/cid=5059toei00985/photogallery-001

<あらすじ>
関東の東竜会幹部・加納秀次は、会長の坂田の命令で、関西に寝返ったかつての兄貴分・松岡を殺害し北海道旭川刑務所で服役することになる。殺された松岡には3才になる洋子という一人娘がおり、彼女を舎弟の南に託して成長を見守ることにする。刑務所生活での唯一の楽しみは、ブラジルにいる伯父と偽っての南と竹田を通じての洋子との文通であった。そして15年が経ち、加納は出所する。

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俳優の高倉健さんが死去 「幸福の黄色いハンカチ」

 映画「幸福の黄色いハンカチ」などで知られ、日本映画を代表する俳優の高倉健(たかくら・けん、本名=小田剛一=おだ・ごういち)氏が2014年11月10日、悪性リンパ腫のため東京都内の病院で死去した。83歳だった。

 1955年に東映入社、翌年「電光空手打ち」でデビュー。「日本侠客伝」「昭和残侠伝」「網走番外地」などの任侠映画シリーズでクールなやくざ役を演じ同社トップ俳優に。人気シリーズの「唐獅子牡丹(ぼたん)」でのせりふ「死んでもらいます」は流行語になった。

 寡黙なヒーロー役がはまる俳優としての評価は年を重ねてさらに磨かれ、76年の東映退社後も「君よ憤怒の河を渉れ」「八甲田山」「幸福の黄色いハンカチ」などの大作で好演した。

 「不器用ですから」の口癖で知られ、プライベートでも礼儀正しい態度が役者の間でも好感を持たれた。

 99年の「鉄道員」ではモントリオール世界映画祭主演男優賞を受けるなど国際的にも活躍。テレビコマーシャルにも多く出演した。

 98年紫綬褒章、2006年文化功労者、13年文化勲章。



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(*)注目の情報
http://urx.nu/clyj



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高倉健さん死去:「不器用な男」日本人の美学重ね ( No.1 )
日時: 2014/11/18 13:46
名前: 高倉健 掲示板

高倉健さん死去:「不器用な男」日本人の美学重ね
毎日新聞 2014年11月18日

 日本映画界最高の銀幕のスター、高倉健さんが10日、83年の生涯を閉じた。俳優の名前で多くの観客を映画館に呼べる数少ない俳優だった。晩年まで、私生活をほとんど公にすることはなく、役柄のイメージの高倉健を観客の心に残したまま旅だった。「健さん」として親しまれてきたのは、役の中での男の生きざまであり、高倉健さん自身の生き方も重なって多くのファンが魅了された。日本映画は長年映画界をけん引してきた大きな柱を失った。

 高倉健さんが人気を不動にしたのは任(にん)きょう映画。1960年代に大人気となった「網走番外地」「日本侠客伝」シリーズなどは、学生運動に身を投じる若者らからも圧倒的な支持を得た。着流しのアウトローが逆境に耐えながらも復讐(ふくしゅう)を果たす物語に観客は熱狂した。多くを語らず、いざという時に体を張って、義理や人情を大事にする姿は、男っぽさの神髄と受け入れられた。

 任(にん)きょう映画の減少とともに、高倉健さんは人間ドラマやアクション、大作へと出演映画のフィールドを広げた。ただ、過酷で暗い過去をひきずり、大きな重荷を背負って生きる役はその後もずっと続いた。青函トンネル開通に挑む男を演じた「海峡」(82年)、殺人事件を犯し逃亡しながらも母子家族の酪農を手伝う日本版「シェーン」といわれる「遥かなる山の呼び声」(80年)、引かれた女の元情夫が手配中の男と知り職務を遂行する刑事役の「駅 STATION」(81年)など。

 武骨で口数は少ないが、人の情を大事にする素朴な男。「幸福の黄色いハンカチ」はその頂点の作品といっていいだろう。愚直なまでのきまじめさ、人生を常に遠回りしてしまい、必死に生きていても損な役回りになってしまう男の姿に、観客は共感と人生のつらさ、悲しみを感じた。

 最新作「あなたへ」(2012年)がコンビを組んで20作目となり、高倉健さんが最も信頼を寄せる降旗康男監督は同作で「健さんも年を取り、過去の重荷から解放してあげたかった」と話した。さらに、「普通の俳優は努力して人物のキャラクターに入っていくが、健さんはキャラクターを自分の中に入れてしまう。だから、相手とふれあうことでしか芝居が出てこない」。自身を「不器用」と言うのは「それを自認しているからだ」と説明した。
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俳優の高倉健さん死去 ( No.2 )
日時: 2014/11/18 13:48
名前: 高倉健 掲示板

俳優の高倉健さん死去
2014年(平成26年)11月18日 NHKニュース

昭和の映画の最盛期を支えた看板スターで、寡黙な男性を演じて、日本を代表する俳優として国際的に活躍した高倉健さんが今月10日、悪性リンパ腫のため東京都内の病院で亡くなりました。
83歳でした。

高倉さんは福岡県中間市に生まれ、明治大学を卒業したあと東映のニューフェイスにスカウトされ、昭和31年に俳優としてデビューしました。
昭和40年代、「網走番外地」や「昭和残侠伝」などのシリーズで、東映の任侠路線のスターとして爆発的な人気を得ました。
また映画の主題歌をみずから歌い、「網走番外地」や「唐獅子牡丹」は大ヒットしました。
昭和51年に東映を退社したあと、「幸福の黄色いハンカチ」で不器用な生き方しかできない刑務所帰りの男を演じ、国内のさまざまな映画賞で主演男優賞を受賞しました。
硬派でシリアスな演技を得意としているほか、コマーシャルで使われた「不器用ですから」のセリフが代名詞的な存在になるなど、謙虚な人柄が多くの人に共感を与え、男女の別や世代を超えて人気を博しました。
さらに、「ザ・ヤクザ」や「ブラックレイン」などハリウッドの映画にも出演したほか、平成11年に公開された「鉄道員」でモントリオール映画祭の主演男優賞を受賞するなど、国際的に知名度の高い日本を代表するスターとしても活躍してきました。
こうした功績が評価され、平成10年に紫綬褒章を受章したほか、平成18年には文化功労者、そして平成25年に文化勲章を受章しています。
高倉さんはおととし、降旗康男監督の映画「あなたへ」で、6年ぶりに映画に出演して注目されました。
所属事務所によりますと、高倉さんは次回作の準備の途中で体調を崩し、入院して治療を受けていたということですが、容体が急変し今月10日午前3時49分、東京都内の病院で悪性リンパ腫のため亡くなりました。
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高倉健 動画「幸福の黄色いハンカチ」あらすじ ( No.3 )
日時: 2014/11/18 13:57
名前: 幸福の黄色いハンカチ 動画

(*) 高倉健 動画「幸福の黄色いハンカチ」
http://www.dmm.com/digital/cinema/-/detail/=/cid=5314da09176/photogallery-001
出演者: 高倉健 倍賞千恵子 武田鉄矢 桃井かおり 太宰久雄 たこ八郎 渥美清

『幸福の黄色いハンカチ』(しあわせのきいろいはんかち)は、1977年(昭和52年)10月1日に公開された日本映画。
『男はつらいよ』シリーズなど、数多くのヒット作を手掛けた山田洋次監督による、北海道を舞台にした日本のロードムービーの代表作である。
高倉健・倍賞千恵子といったベテラン俳優から、映画初出演となる武田鉄矢、その共演に桃井かおり、さらには脇役に渥美清を据えるなど、これ以上ない布陣で臨んだ同作品は、俳優陣の演技はもちろんのこと、シンプルながら観衆の心情に深く訴えかけるストーリーが高い評価を得た。第1回日本アカデミー賞や第51回キネマ旬報賞、第32回毎日映画コンクール、第20回ブルーリボン賞や第2回報知映画賞など、国内における同年の映画賞を総なめにしている。



(*)第1回日本アカデミー賞
最優秀作品賞:幸福の黄色いハンカチ
最優秀監督賞:山田洋次
最優秀脚本賞:山田洋次・朝間義隆
最優秀主演男優賞:高倉健
最優秀助演男優賞:武田鉄矢
最優秀助演女優賞:桃井かおり
優秀主演女優賞:倍賞千恵子
優秀音楽賞:佐藤勝



<幸福の黄色いハンカチ あらすじ>
失恋して自棄になった欽也は、会社をやめ、退職金で新車を購入、北海道へドライブの旅に出た。網走に着くと手当たり次第に軟派して、同じ失恋の痛手を持つ朱美を引っかけた。それから、海岸で炭鉱夫を名乗る中年男・勇作と知り合い、3人で旅することになる。しかし、勇作には6年3ヶ月の刑期を終え出所したばかりという秘密があった。



(*)幸福の黄色いハンカチ DVD,ブルーレイ
http://urx.nu/efYz

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高倉健 動画 映画「新幹線大爆破」出演者: 高倉健 , 千葉真一 , 多岐川裕美 , 志穂美悦子 , 宇津井健 , 田中邦衛 , 丹波哲郎 , 岩城滉一 , 北大路欣也 ( No.4 )
日時: 2014/11/18 13:59
名前: 高倉健 掲示板

(*)映画「新幹線大爆破」(1975年 公開)
http://www.dmm.com/digital/cinema/-/detail/=/cid=5059toei00580/photogallery-001

新幹線ひかり109号に爆弾が仕掛けられた!特殊装置を施した爆弾は、スピード80km以下に減速すると自動的に爆破するという。止まることのできないひかり号、逃げ場のない極限状態の中、犯行グループ、警察、国鉄職員、乗客1500人それぞれの人間模様が、ドラマチックに展開する。

出演者: 高倉健 , 千葉真一 , 多岐川裕美 , 志穂美悦子 , 宇津井健 , 田中邦衛 , 丹波哲郎 , 岩城滉一 , 北大路欣也

<あらすじ>
約1500人の乗客を乗せたひかり109号博多行きは、9時48分、定刻通り東京駅19番ホームを発車した。しばらくして国鉄本社公安本部に、この109号に爆弾を仕掛けたという電話が入る。時速80キロ以下に減速されると自動的に爆発するというのだ。この爆破計画は、工場の元経営者・沖田哲男(高倉健)と工員の大城浩、そして元過激派の闘士・古賀勝の手によるものだった。沖田は500万ドルを国鉄本社に要求。運転指令長の倉持(宇津井健)は運転士に事件発生を知らせるとともに、警察庁の須永刑事部長、公安本部長の宮下を招集し、緊急対策本部を設置する。沖田と捜査当局との虚々実々の駆け引きが展開されるなか、巧妙な手口を駆使する沖田はついに500万ドルを手にする。そして、恐怖のあまり極限状態に陥った人々を乗せたひかり109号が遂に広島駅を通過した。。。
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高倉健 動画「二・二六事件 脱出」 ( No.5 )
日時: 2014/11/18 14:04
名前: 高倉健 動画「二・二六事件 脱出」

(*) 高倉健 動画「二・二六事件 脱出」
http://www.dmm.com/digital/cinema/-/detail/=/cid=5059toei09215/photogallery-001

出演者: 三國連太郎 高倉健 柳永二郎 江原真二郎 千葉真一 久保菜穂子 中原ひとみ 星美智子 今井俊二

<あらすじ>
今日もなお跡を絶たない暴力による政治テロ…。昭和という時代において、世間を驚倒させた1936年2月26日に起こった皇道派青年将校によるクーデタである二・二六事件の裏面史を小坂慶助の原作『特高』に求めた野心大作。叛乱軍の包囲下から首相官邸に取り残された首相を救出しようとする人々の勇気と決断の息詰まるスリルとサスペンスが描かれる。


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二・二六事件 - Wikipedia
二・二六事件(にいにいろくじけん)は、1936年(昭和11年)2月26日から2月29日にかけて、日本の陸軍皇道派の影響を受けた青年将校らが1483名の兵を率い、「昭和維新断行・尊皇討奸」を掲げて起こしたクーデター未遂事件である。事件後しばらくは「不祥事件(ふしょうじけん)」「帝都不祥事件(ていとふしょうじけん)」とも呼ばれていた。
算用数字で226事件、2・26事件とも書かれる。



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高倉健さんの魅力 ( No.6 )
日時: 2014/11/18 14:07
名前: 高倉健 掲示板

高倉健さんの魅力
ttp://www.anatae.jp/takakura/haiyuu.html

あれだけの大スターでありながら、義理がたくて、人情が厚く。そして筋を通す人です。とても礼儀正しい人物として知られていて、すべての共演者に挨拶を忘れずに、監督やプロデューサーだけではなく、若い新人俳優やスタッフにも必ず立ち上がって丁寧にお辞儀して敬意を払います。
千葉真一は高倉健さんを “ 一生あこがれの存在で永遠の師匠 ” と公言しています。千葉真一は「デビューして間もない頃に、健さんが食事によく連れて行ってくれた。また、学生服しか持っておらず、取材向きの洋服がない時に健さんからスーツをもらった」「(千葉真一自身が)役者として少し売れてきた後でも自分の撮影がない時には、健さんの付き人をしていた」「離婚した時には健さんから手紙で励まされ、それが心の支えになった」「東映の労働組合委員長と撮影進行で衝突して、映画界を辞めようと思った時に、健さんが思いとどまらせ、一緒に謝ってくれた」などなど、「健さんは厳しい人だけど、ちゃんと愛がある。そばにいて、俳優としても人間としても、大切なことをいっぱい教わった」と語っています。
他の方々も役者としてそして人間として尊敬している人たちは多く、『幸福の黄色いハンカチ』で共演した武田鉄矢は、現場で高倉健さんを発見すると、100メートルほど離れた所からでも「健さーん!」と叫びながら手を振って、全力疾走で走ってきたといいます。石倉三郎、小林稔侍、板東英二などからもこよなく慕われていて、石倉は芸名に「倉」の字をもらって、小林稔侍も息子の名前に「健」を付けています。
気持ちの通じ合った共演者には、ブライトリング・ロレックス・ヴァシュロン・コンスタンタンといった腕時計を感謝を表す言葉と「高倉健」の名前を彫ったモノをプレゼントする習慣があって、千葉真一、田中邦衛、渡瀬恒彦、板東英二、宇崎竜童、ビートたけしが貰っています。田中邦衛も高倉健さんをこよなく尊敬していて、出かける際にはその時計を身に付けています。『あなたへ』で共演した岡村隆史は撮影現場での取材中に、岡村隆史が一時自分が仕事をお休みしていたときに健さんから手紙を受け取った話などをしていたときに「岡村! 嘘ばっか言ってんじゃないよ(笑)!」と近寄ってきた高倉健さんから「忘れもんだよ」と自身の私物のポルシェ911のキャップ(帽子)にオリジナルのバッジが添えられた物を、プレゼントしています。
『ブラック・レイン』で共演したマイケル・ダグラスは、大阪京橋の野外シーンロケの時に、日本人のファンが高倉健さんに憧れて尊敬しながら接している姿を目撃しました。その様子を見たマイケル・ダグラスは「アメリカではブルース・スプリングスティーンの時だけだよ。あんなに尊敬される姿を見られるのは!」と驚いていたそうです。
『君よ憤怒の河を渉れ』が中華人民共和国に輸入されたときには、中国人の半分が観たともいわれていて、映画の宣伝のために田中邦衛と訪中した時には、宿泊先のホテルには高倉健を一目見たいというファンが大勢詰め掛けました。高倉健のファンでもある映画監督・張芸謀(チャン・イーモウ)は『単騎、千里を走る。』の撮影の際に、高倉健が休憩の時に椅子に一切座らずに、他のスタッフに遠慮して立ち続けていたことや、現地採用の中国人エキストラ俳優にまで丁寧に挨拶していたのを見て「こんな素晴らしい俳優は中国にはいない」と発言しています。中国では、大物俳優は現場でも威張り散らしているのがほとんどなだけに、健さんの姿を見て感銘を受けて当然なのかもしれません。
『夜叉』で共演したビートたけしは撮影中のエピソードとして、真冬の福井ロケのある日のこと、健さんは自分の撮影がなくオフだったにもかかわらずに、ロケ現場へ激励に現れました。厳しい寒さの中で、出演者とスタッフは焚火にあたっていましたが、健さんは全く焚火にあたろうとしません。スタッフが「どうぞ焚火へ」と勧めるのですが、健さんは「自分はオフで勝手に来た身なので。自分が焚火にあたると、皆さんに迷惑がかかりますので」と答えたといいます。
健さんが焚き火にあたることはなかったので、スタッフだけでなく、共演者の誰一人もが申し訳なく感じて、焚火にあたれなかったと発言しています。そのうち「頼むからあたってください。健さんがあたらないと僕達もあたれないんです」と泣きつかれて、健さんは「じゃあ、あたらせていただきます」となって、やっと皆で焚火にあたることができたとエピソードを話しました。
撮影の初日が終わり、役者・スタッフの泊まる旅館へ到着して、食堂へ行くと、高倉と監督の前だけに、皆とは違った「ふぐ刺し」が並んでいました。これを見た健さん「自分も皆さんと同じ料理にしてください」と遠慮して一切手をつけなかったといいます。突然の事だったので、ふぐ刺しの数も揃わないこともあって、高倉と監督以外は「カワハギの薄造り」で急場をしのいで、どうにか事なきを得たといいます。
1984年(昭和59年)の日本生命のCMで「自分、不器用ですから」の台詞で無骨で無口なイメージがありますが、実際の健さんは話し好きでいたずら好き。そして冗談を交えながら共演者やスタッフを和ませているといいます。またロケ先では周辺を散策して、地元の住民たちとの交流も欠かすことはありません。
ビートたけしはもともと漫才師でした。漫才師でしたが役者業へと進出してきたビートたけしに対抗して、田中邦衛と組んで漫才界に進出しようという話題になったことがあって、田中邦衛は「止めといたほうがいい」と制止したそうです。そこで高倉健さんが「それじゃお前は何をやるんだ?」と言うと、田中邦衛は「二種免許取ります」と返答したといいます。たけしは高倉と田中がタクシーの運転手になる可能性を、真剣に検討していることに大ウケしました。
昼間に高倉健とビートたけしが車に同乗して移動していた時に、渋谷駅ハチ公改札前近くのスクランブル交差点で信号待ちの為に停車したところ、健さんは窓を開けていきなり「おーい、高倉ー!」と大声で何度も車外へ叫び続けて、信号が変わって車が走り出すとようやく窓を閉めて元に戻り「いやあ、こんなに沢山の人が通っているのに、誰も気が付かないもんなんだなあ、俺がここに居るって」と独りで喜んでいました。高倉健とビートたけしが、一緒に車に同乗していることを多数の一般人に知れてしまうと、野次馬で混乱が発生する危険性が容易に予想されたにも拘らず、大都会での他人に対する無関心を逆手にとって面白がっていたとたけしが語っています。

撮影現場で一切座らないということについて「疲れますよ、やっぱり。ただ、座ると何となくもう・・・。だんだん精神的にファイトが無くなるような気がして、立っていたほうがいいなと・・・」と自分に課した事のひとつである事を明かしています。そのほかにも「スタッフさんとか一生懸命働いている姿をみると、その場に自分もいたくなる」とも話をしています。その一方で「たけちゃんがあっちこっちで『座らない』『火に近づかない』なんて言うもんだから、おいそれと出来なくなった」と冗談にして答えています。
「撮影現場でも座りますよ」とも語っていますが、それはあくまで「座っている場面を演じている時に……」座るということです。何よりも「現場に居てこそ感じられる事がある。その場の景色や空気、スタッフの努力など、見ていて鳥肌が立つ思いの時がある。だからこそここに居たい」「自分よりもお金を貰っていない人たちのほうがはるかに頑張っている。現場はそうした人たちによって成り立っている。そんなことに気づくまで何十年もかかった」と、出番以外も常に現場に立ち続ける事への思いを語っています。
映画『あなたへ』の撮影では、相田みつをの詩や会津八一の短歌などと一緒に、雑誌に掲載されていたという東日本大震災の被災地での1コマを撮影した写真も一緒に貼りつけて持ち歩いていました。山本周五郎の著作のフレーズや、主人公の生き方について書かれた木村久邇典の『男としての人生 - 山本周五郎のヒーローたち 』もお気に入りの1冊として持ち歩いています。長期間の撮影の中では、ベテランの高倉でも感情のコントロールが出来ない時があるので、そうしたときは常に持っているこうした物にすがっているといます。台本だけでなく、自宅の洗面所などにもこうしたものが貼っていて、常に自分自身の気持ちを盛り上げています。この事について「俳優ってそれほど頼りないものなんですよ」と語っています。

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高倉健 動画「動乱」出演者: 高倉健 吉永小百合 米倉斉加年 田村高廣 ( No.7 )
日時: 2014/11/18 14:11
名前: 高倉健 掲示板

(*) 高倉健 動画「動乱」
http://www.dmm.com/digital/cinema/-/detail/=/cid=5059toei00975/photogallery-001

出演者: 高倉健 吉永小百合 米倉斉加年 田村高廣

昭和史の起点となった五・一五事件から二・二六事件までの、風雲急を告げる動乱の中、寡黙な青年将校とその妻の愛と生き様を、一大叙事詩として二部構成・第1部「海峡を渡る愛」と第2部「雪降り止まず」の壮大なスケールで綴った感動のドラマ。


<あらすじ>
わずか千円の借金のために芸者に売られようとする姉の薫(吉永小百合)を救おうと、初年兵の溝口が脱走するが故郷で逮捕され、揉み合った上司を誤って殺害したため射殺されてしまった。隊長の宮城は父に金を用立ててもらい、香典として千円を薫に渡す。東京では五・一五事件が発生し、部下から脱走兵を出した宮城は罰として朝鮮の前線に送られた。現地で宴に招待された宮城は、そこで芸者となった薫と再会。第一連隊に配属となった宮城は、薫とともに東京に戻るのだった。しかし時代は昭和維新に向かって着実に歩を進めていた。
メンテ
高倉健 出演作品(電光空手打ち , 日本侠客伝 , 昭和残侠伝 , 網走番外地 , 八甲田山 , 幸福の黄色いハンカチ , 鉄道員(ぽっぽや) , あなたへ 野性の証明 , 遙かなる山の呼び声 , 駅 STATION , ゴルゴ13 , ブラック・レイン , 南極物語 , 居酒屋兆治) ( No.8 )
日時: 2014/11/18 14:19
名前: 高倉健 掲示板

高倉健 出演作品

<東映映画>
1956年
電光空手打ち - 主演・忍勇作 ※デビュー作
流星空手打ち - 主演・忍勇作
無敵の空手! チョップ先生 - 有沢安治
大学の石松 - 主演・石田松夫
にっぽんGメン 特別武装班出動 - 園川刑事
大学の石松 ぐれん隊征伐 - 主演・石田松夫
大学の石松 太陽族に挑戦す - 主演・石田松夫
夕日と拳銃 日本篇 大陸篇 - 弟 伊達慎太郎
母孔雀 - 紅谷俊夫
拳銃を捨てろ - 主演・柳光
恐怖の空中殺人 - 島田寿夫
1957年
喧嘩社員 - 主演・谷
無敵社員 - 主演・谷
第十三号棧橋 - 主演・矢間大吉
大学の石松 女群突破 - 主演・石田松夫
多情仏心 - 西山普烈
日清戦争風雲秘話 霧の街 - 結城欽之助
鯨と斗う男 - 主演・山上洋介
青い海原 - 浜田健次
血まみれの決闘 - 主演・牛島五郎
ジェット機出動 第101航空基地 ‐ 中田次郎
1958年
娘十八御意見無用 - 井上章吾
多羅尾伴内 十三の魔王 - 塚崎譲吉
台風息子 修学旅行の巻 - 草上行彦
台風息子 最高殊勲の巻 - 草上行彦
非常線 - 主演・小堀千代太
恋愛自由型 - 仙波隆也
季節風の彼方に - 幸田先生
奴の拳銃は地獄だぜ - 田村警部
ひばりの花形探偵合戦 - 三田村英次
空中サーカス 嵐を呼ぶ猛獣 - 主演・山崎千吉
希望の乙女 - 相原丈二
森と湖のまつり - 主演・風森一太郎
娘の中の娘 - 石岡宏
1959年
旋風家族 - 田村五郎
無法街の野郎ども - 曽根文雄
黒い指の男 - 主演・三田新吉
獣の通る道 - 主演・鹿沢慎二
国際スリラー映画 漂流死体 - 山中
地獄の底までつき合うぜ - 碇幹夫
疑惑の夜 - 久里/島※二役
静かなる兇弾 - 主演・田口刑事
高度7000米 恐怖の四時間 - 山本桂三
空港の魔女 - 主演・芦沢良平
1960年
天下の快男児 万年太郎 - 主演・万年太郎
二発目は地獄行きだぜ - キッドの謙
続 べらんめえ芸者 - 二宮卓也
大いなる旅路 - 岩見静夫
ずべ公天使 - 岸田
大空の無法者 - 主演・佐竹吾郎
天下の快男児 突進太郎 - 主演・突進太郎
続々 べらんめえ芸者 - 田所雄作
砂漠を渡る太陽 - 梁
殴り込み艦隊 - 主演・石山中尉
男ならやってみろ - 主演・梶村五郎
1961年
べらんめえ芸者罷り通る - 花村健一
俺が地獄の手品師だ - 立花丈次
天下の快男児 旋風太郎 - 主演・旋風太郎
男の血潮がこだまする - 朝倉鉄男
魚河岸の女石松 - 喜多川達也
花と嵐とギャング - スマイリー健
ひばり民謡の旅 べらんめえ芸者佐渡へ行く - 竜太
万年太郎と姐御社員 - 主演・万年太郎
べらんめえ中乗りさん - 岡健一
悪魔の手毬唄 - 主演・金田一耕助
1962年
南太平洋波高し - 近藤
べらんめえ芸者と大阪娘 - 桧山圭吉
二・二六事件 脱出 - 小宮曹長
恋と太陽とギャング - 主演・石浜伸夫
千姫と秀頼 - 片桐隼人
黄門社長漫遊記 - 佐々助三郎
民謡の旅・桜島 おてもやん - 立神修平
東京丸の内 - 主演・加部一喜
三百六十五夜 - 川北小六
暗黒街最後の日 - 真木鉄雄
東京アンタッチャブル - 原田芳夫
遊民街の銃弾 - 高木健二
裏切者は地獄だぜ - 青野
1963年
暗黒街の顔役 十一人のギャング - 沢上
第八空挺部隊 壮烈鬼隊長 - 岡田一等陸佐
暴力街 - 主演・小木曽俊介
人生劇場 飛車角 - 宮川
東京アンタッチャブル 脱走 - 原田芳夫
最後の顔役 - 嶋中悠治
親分を倒せ - 主演・吉岡
暗黒街最大の決斗 - 松岡真平
宮本武蔵 二刀流開眼 - 佐々木小次郎
恐喝 - 主演・矢吹輝男
ギャング忠臣蔵 - 浅野卓己
鬼検事 - 主演・野上英一
1964年
宮本武蔵 一乗寺の決斗 - 佐々木小次郎
東京ギャング対香港ギャング - 北原
ジャコ万と鉄 - 主演・鉄
ならず者 - 主演・南条
暗黒街大通り - 主演・忍鉄也
日本侠客伝 - 主演・辰巳の長吉
狼と豚と人間 - 黒木次郎
いれずみ突撃隊 - 衆木一等兵
飢餓海峡 - 味村時雄・東舞鶴署捜査係長
1965年
顔役 - 早見恭一
日本侠客伝 浪花篇 - 主演・藤川宗次
網走番外地 - 主演・橘真一
続 網走番外地 - 主演・橘真一
日本侠客伝 関東篇 - 主演・緒方勇
宮本武蔵 巌流島の決斗 - 佐々木小次郎
昭和残侠伝 - 主演・寺島清次
網走番外地 望郷篇 - 主演・橘真一
網走番外地 北海篇 - 主演・橘真一
1966年
昭和残侠伝 唐獅子牡丹 - 主演・花田秀次郎
日本侠客伝 血斗神田祭り - 主演・新三
網走番外地 荒野の対決 - 主演・橘真一
男の勝負 - 千住小太郎
昭和残侠伝 一匹狼 - 主演・武井繁次郎
網走番外地 南国の対決 - 主演・橘真一
日本侠客伝 雷門の決斗 - 主演・平松信太郎
地獄の掟に明日はない - 主演・滝田一郎
網走番外地 大雪原の対決 - 主演・橘真一
1967年
日本侠客伝 白刃の盃 - 主演・大喜多俊二
網走番外地 決斗零下30度 - 主演・橘真一
あゝ同期の桜 - 剣持大尉
昭和残侠伝 血染めの唐獅子 - 主演・花田秀次郎
網走番外地 悪への挑戦 - 主演・橘真一
日本侠客伝 斬り込み - 主演・中村真三
侠客の掟 - 石神常治
侠骨一代 - 伊吹竜馬
網走番外地 吹雪の斗争 - 主演・橘真一
1968年
日本侠客伝 絶縁状 - 主演・浜田勇吉
獄中の顔役 - 速水恭
荒野の渡世人 - 主演・ケン・カトウ
侠客列伝 - 大倉伊之助
緋牡丹博徒 - 片桐直治
ごろつき - 主演・大場勇
人生劇場 飛車角と吉良常 - 宮川 
新 網走番外地 - 主演・末広勝治
博徒列伝 - 富士上健吉
1969年
緋牡丹博徒 花札勝負 - 花岡彰吾
昭和残侠伝 唐獅子仁義 - 主演・花田秀次郎
緋牡丹博徒 二代目襲名 - 矢代幸次
戦後最大の賭場 - 本庄周三
懲役三兄弟 - 陣野勇次郎
日本侠客伝 花と龍 - 主演・玉井金五郎
日本女侠伝 侠客芸者 - 島田清吉
新網走番外地 流人岬の血斗 - 主演・末広勝治
日本暗殺秘録 - 相沢三郎
昭和残侠伝 人斬り唐獅子 - 主演・花田秀次郎
渡世人列伝 - 佃銀次郎
新網走番外地 さいはての流れ者 - 主演・末広勝治
1970年
日本女侠伝 真赤な度胸花 - 風見五郎
博徒一家 - 桜井良治
捨て身のならず者 - 主演・矢島
日本ダービー 勝負 - 島崎清三郎
遊侠列伝 - 主演・川又辰五郎
新網走番外地 大森林の決斗 - 主演・末広勝治
昭和残侠伝 死んで貰います - 主演・花田秀次郎
最後の特攻隊 - 矢代中尉
日本侠客伝 昇り龍 - 主演・玉井金五郎
新網走番外地 吹雪のはぐれ狼 - 主演・末広勝治
1971年
日本やくざ伝 総長への道 - 主演・不動竜太郎
日本女侠伝 血斗乱れ花 - 吉岡幸次
日本侠客伝 刃 - 主演・鉄砲松吉
ごろつき無宿 - 主演・武田勇
新網走番外地 嵐を呼ぶ知床岬 - 主演・末広勝治
昭和残侠伝 吼えろ唐獅子 - 主演・花田秀次郎
任侠列伝 男 - 花川佐吉
新網走番外地 吹雪の大脱走 - 主演・末広勝治
1972年
関東緋桜一家 - 倉元信三 ※藤純子 引退記念作品。監督マキノ雅弘の劇場用映画の最後の演出作品。
望郷子守唄 - 主演・田川正一
博奕打ち外伝 - 花井栄次(睦会宗家代貸)
新網走番外地 嵐呼ぶダンプ仁義 - 主演・末広勝治
昭和残侠伝 破れ傘 - 主演・花田秀次郎
1973年
山口組三代目 - 主演・田岡一雄
現代任侠史 - 主演・島谷良一
ゴルゴ13 - 主演・デューク東郷
1974年
三代目襲名 - 主演・田岡一雄
1975年
日本任侠道 激突篇 - 主演・竜崎市蔵
大脱獄 - 主演・梢一郎
新幹線大爆破 - 主演・沖田哲男
神戸国際ギャング - 主演・団正人
1976年以降
冬の華 (1978年) - 主演・加納秀次
ちゃんばらグラフィティー 斬る! (1981年)


<合作・他社・日本国外作品>
カミカゼ野郎 真昼の決斗 (1966年、にんじんプロダクション / 國光影業) - 黒木史男
祇園祭 (1968年、日本映画復興協会) - 巽組代表
燃える戦場 (1970年、アソシエーツ&アルドリッチ・カンパニー / パロマー / ABCピクチャーズ) - 山口少佐
ザ・ヤクザ (1974年、ワーナー・ブラザーズ) - 主演・田中健
無宿 (1974年、勝プロ) - 主演・穴吹錠吉
君よ憤怒の河を渉れ (1976年、永田プロ / 大映) - 主演・杜丘冬人
八甲田山 (1977年、橋本プロ / 東宝 / シナノ企画) - 主演・ 徳島大尉 (第1大隊第2中隊長)※ブルーリボン賞 主演男優賞受賞
幸福の黄色いハンカチ (1977年、松竹) - 主演・島勇作 ※日本アカデミー賞 最優秀主演男優賞とブルーリボン賞 主演男優賞を受賞
野性の証明 (1978年、角川春樹事務所) - 主演・味沢岳史
動乱 (1980年、東映 / シナノ企画) - 主演・宮城啓介 ※日本アカデミー賞 最優秀主演男優賞受賞
遙かなる山の呼び声 (1980年、松竹) - 主演・田島耕作 ※日本アカデミー賞 最優秀主演男優賞受賞
駅 STATION (1981年、東宝) - 主演・三上英次 ※日本アカデミー賞 最優秀主演男優賞受賞
刑事物語 (1982年、キネマ旬報) - 三上刑事 [注釈 17] ※友情出演
海峡 (1982年、東宝) - 主演・阿久津剛
南極物語 (1983年、フジテレビジョン / 学習研究社 / 蔵原プロダクション) - 主演・潮田暁
居酒屋兆治 (1983年、田中プロ) - 主演・兆治 (藤野伝吉)
夜叉 (1985年、東宝 / グループ・エンカウンター) - 主演・修治
海へ 〜See you〜 (1988年、ニュー・センチュリー・プロデューサーズ) - 主演・本間英次
ブラック・レイン (1989年、パラマウント映画) - 松本正博警部補
あ・うん (1989年、東宝 / フィルムフェイス) - 主演・門倉修造 ※日本アカデミー賞 優秀主演男優賞受賞
ミスター・ベースボール (1993年、ユニバーサル映画) - 内山監督
忠臣蔵 四十七人の刺客 (1994年、東宝 / 日本テレビ放送網 / サントリー) - 主演・大石内蔵助 ※日本アカデミー賞 優秀主演男優賞受賞
鉄道員(ぽっぽや) (1999年、「鉄道員」製作委員会) - 主演・佐藤乙松 ※日本アカデミー賞 最優秀主演男優賞とブルーリボン賞 主演男優賞を受賞
ホタル (2001年、「ホタル」製作委員会) - 主演・山岡秀治
単騎、千里を走る。 (2005年、北京新画面影業 / 張芸謀電影工作室 / 東宝) - 主演・高田剛一
あなたへ (2012年8月25日公開、東宝) - 主演・倉島英二


<テレビドラマ>
ぼんぼん頑張る (1956年4月4日 - 7月4日、KRテレビ) ※笠置シズ子主演
金曜ドラマ あにき (1977年10月7日 - 12月30日、TBS系) - 主演・神山栄次
土曜ドラマ チロルの挽歌 (1992年4月11日 - 4月18日、NHK) - 主演・立石実郎
金曜エンタテイメント これから 海辺の旅人たち (1993年5月21日、フジテレビ) - 主演・津田武彦
土曜ドラマ 刑事 蛇に横切られる (1995年7月1日、NHK) - 主演・秋庭実






メンテ
高倉健伝説 ( No.9 )
日時: 2014/11/18 14:25
名前: 高倉健 掲示板

映画俳優・高倉健さんの伝説に迫る!!
ttp://www.tv-asahi.co.jp/ss/contents/smatimes/180/index.html
準レギュラーの草なぎ剛さんが久しぶりに登場したスマステーション。特集は、『ビートたけし・志村けん・松田優作が見た映画俳優・高倉健伝説』です。
高倉健さんのスクリーンデビューは1956年。その人気を確固たるものとしたのは、『昭和残侠伝』(1965年公開)シリーズに代表される任侠映画の数々でした。また、『幸福の黄色いハンカチ』(1977年)や『鉄道員』(1999年)など、4つの作品で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞するという偉業も成し遂げています。その活躍は国内に留まらず、ハリウッド映画『ブラック・レイン』などに出演し、世界からも称賛を受けているのです。番組では、そんな健さんの素顔を、共演経験があるたけしさん、志村けんさん、武田鉄矢さんらが語ってくれました。
8月25日に公開される映画『あなたへ』は、亡き妻の遺言に従い、富山から妻の故郷である長崎まで1200kmの旅に出るひとりの男の姿を描いた、高倉健さんの最新主演作です。この映画で、田中裕子さん、佐藤浩市さん、綾瀬はるかさん、大滝秀治さん、岡村隆史さん、ビートたけしさんらとともに、健さんとの共演を果たした我らが草なぎさん。「一緒に朝食を食べたんですけど、緊張して、もう何を食べているのかわからなかったです。映画を見ているような感じでした」と、草なぎさんが共演時のエピソードを話している最中、スマステの歴史に残る大事件が起きました。何と、健さんご本人がスタジオに登場したのです!! 何も知らされていなかったため、あ然としている草なぎさんを尻目に、「『TVタックル』のスタジオに行きたいんだけど…」と、手にしたメモを香取編集長に見せながら登場するというジョークを見せてくれた健さん。生放送の番組出演は今回が初めてという健さんは「裏で見ていたんですけど、そんなに持ち上げられても…」と言いながら、有名衣料品チェーンに初めて行ってトレーナーの上下を買った話などを披露してくれました。

<ビートたけしさんが語る高倉健伝説>

その1「まさかのお出迎え」

雪の中でね、深夜に着いたのかな。雪がワーワー降ってて、ドア開いたらね、20何年前だけど、花束を持って健さんが立ってたの。驚いちゃってさ。「高倉です」とか言って「今回はありがとうございました」って花もらっちゃって。花もらったのはいいけど、どうしよう、どうしようと思ってオロオロオロオロして旅館まで行っちゃったんだけど(笑)。

1985年に公開された、高倉健さん主演映画『夜叉』で高倉さんと初共演を果たしたビートたけしさん。そして今回の映画『あなたへ』でも・・・。

今回は駅じゃなくてね、駅前の俺のバン(車)に乗るときにサッときて挨拶しようと(健さんが)思ってたらしいのね。「たけちゃん」っていう風に声をかけられたの。「地元の危ない人が来た」と思ってすごい早足で知らんぷりしてカギを閉めようと思ったら「俺だよ、俺、高倉だよ」って。「あ、すいませんでした!地元の危ない人かと思って」と言ったら、「やめてよ、そういう事言うの」って言われた(笑)。



その2「気遣いの人」

『夜叉』の時に全部で7、80人の宴会があって、そこの女将さんが俺と健さんと田中邦衛さんたち辺りの席だけにフグを出して「食べて下さい お店からです」って言ったの。健さんがふっと辺りを見て「あの、これはここだけですか?」「みんなにも同じもの出してください」「そうじゃないと食べづらいんですよ」って。女将さんは「失礼しました」って下げちゃうんだけど、しばらくしてフグがみんなに出たの。よくあんなに(フグを)揃えたなと思って板前に聞いたら「半分カワハギです」って。「うまい、うまい」って誰も気づいていなかった(笑)。高倉健がいかにすごいかって言うと、みんながロケしている時に絶対椅子には座らないし、雪がすごいシーンでたき火があるのにそれに当たらない。「みなさんが働いているのにそんな事できない」って。この間、久々に『あなたへ』っていうので会ってロケ地で椅子出したら健さんまた座んないから「健さん座ってくださいよ」って言ったら、「何言ってるんだ。たけちゃんが『夜叉』の時にあんな事言うから、あれ以来俺はロケ現場で座れなくなっちゃったんだよ」って(笑)。

そんな高倉健さんに周囲のスタッフ・キャストも気を遣うため、『夜叉』の撮影中にはこんな出来事も・・・。

夜に電話かかってきて健さんが「たけちゃん遊びに来ないか?」「俺はコーヒーしか飲まないけど、酒も用意してあるよ」って言うから喜んで行っちゃって、店に入ったら健さんがそこに座っているわけ。それで「さて、酒飲もうかな」って飲んで、ひっくり返ったりなんかしてパッと見たら、小林稔侍さんとか田中邦衛さんとか正座してるの。鬼のような顔して田中邦衛さんが睨んでいるわけ。「どうしようかなこれ・・・」と思って反転して「酔っぱらったので帰ります」とか言って急いで帰っちゃった。驚いちゃった(笑)。


その3「意外と笑い話好き」

「たけちゃん、この間こんな事あってさ」って言って話してくれたのは、銀座に車停めてたらベロベロの酔っ払いが後ろの座席開けてパッと乗って「渋谷まで行ってくれ」って。「私の車です」とか言うんだけどしょうがないから渋谷まで送ったら「運賃いくらだ?」って言う。「俺の車だけど」って言ったら「え〜! わぁ高倉健だ!」って真っ青の顔して(車から)出て行った。「あの人は未だに悪夢だと思ってるんじゃないかな」って(笑)。

「あなたにとって高倉健とは?」

長嶋さんや王さん、金田さんとかプロ野球のスターは、スターたる時代に生まれた時代に活躍したよね。今はメジャーっていうのがあって、イチローは一番良い舞台がメジャーに揃っていたりする。だから、今のプロ野球選手って一番のステージがないんだね。かわいそうにね、メジャーっていうのがあっちゃったから。石原裕次郎さんとか美空ひばりさんも一番活躍して、みんなから「ワー」と言われるステージがあってその時代に生きた人たちだよね。健さんは今、高倉健がスターであり得る場所にまだいるんだよ。時代もまだそうなのだから、いいなぁと思いますよ。


<志村けんさんが語る高倉健伝説>
僕が聞いたところではですね、本(原作)の中には僕の役はないんですけども、高倉健さんが僕をキャスティングしたいという話を聞いて、私はもうふたつ返事で「はい」って返事しましたけどね。小さいころから見てる銀幕の大スターですからね。もし、一緒の映像に出られるんだったらこんな夢のような話ないですから。

志村さんがふたつ返事で出演を決めたというのは、1999年公開の『鉄道員』。閉山のウサ晴らしから酒を飲み乱闘する、男気溢れる炭鉱労働者役を見事に演じました。その作品のメインのロケ地となった北海道に志村さんが入る前日に、こんなことがあったそうです。



その1「前日、留守電に・・・」

スタジオで本番が終わって楽屋に帰ったら留守電が入ってまして「あれ?誰だろう」と思って聞いてみたら、「弟子入り志願の高倉健ですけども、こちら寒いですから明日は気を付けてきてください」って入っていたんですね。そこまで優しくしてくれるんですよね。僕たぶん、緊張してどうするのかがわからないので、映画に出るのも初めてでしたから。そういうところの気遣いがすごく嬉しかったですね。(撮影現場に到着し)楽屋に入ったら、高倉健さんは「乙松」って役なんですけども、花がざっと置いてあって「なんなりとおっしゃってください 乙松より」って。これはちょっと感動しましたね。ご挨拶に行ったときには、なにせオーラがあって「うわぁ、大きいなぁ・・・」って足震えましたよ、私。握手させていただいて「よろしくお願いします」って。もう感動しましたね。震えました、本当に。


その2「志村けんのコントキャラのマネを…?」

僕もイメージとしては「すごく静かな方」と思ってたんですけども、ものすごくおしゃべりで面白い方でしたね。小林稔侍さんが言うには、僕の番組を割と見てて僕が(コントでやっている)おじいさんの寿司屋の役のマネを健さんがするって。小林さんが「やってみてよ」と言うと、高倉健さんは「今はできない」と言ったのを覚えています。


その3「意外とアドリブ好き」

僕が酔っ払って担がれていくシーンで「(撮影が)もう終わりだなー」っと思った時に、健さんがいきなり「タクシー」とかってアドリブで言ったもので僕は驚いたんですけども、そこは映画ではカットになっていました。それから、僕が酔っ払って健さんと稔侍さんに送ってもらったシーンで、酔っ払っている(芝居をしている)僕に高倉健さんが「あ、こいつしょんべん漏らしてる」ってアドリブで言ったんです(笑)。そこもカットになっていましたが、スタジオでは受けてました。

そんなアドリブを入れてくる高倉さんは志村さんに対して、撮影中にこんなことを…。

台本に(自分は酔っ払って)寝てるっていうト書が書いてあったんですけど、高倉健さんが「寝てるんじゃもったいないからなんかやらしたほうがいい」って。で、監督が僕に「酔っ払ってなんか歌ってください」なんて言うんですけど、急にその場で言われたもんでね、ちょっと大変だったことは覚えてますね。歌ったのは時代的にそうだなと思って「夢は夜開く」って曲を歌ったんですけども。

撮影中、志村さんは高倉さんの映画に対する思いにも触れたといいます。

その時もいろいろ「テレビとかおやりにならないですか?」って聞いたら、高倉健さんは映画の(現場の)土が好きで「テレビスタジオのタイルがどうも合わないんだ」っていうのをおっしゃっていたので、本当はぜひ「バカ殿」とかに出てほしいんですけども、無理ですよね、それは。無理は承知です、わかっています(笑)。

「あなたにとって高倉健とは?」

夢のような方ですけどね、やっぱりお会いしてから、(高倉さんの)優しさが心の中にずっとあります。今はもうそういう人は少ないけれども永遠のスターですね。



<松田優作が見た高倉健伝説>
高倉健さんと松田優作さんが共演を果たしたのが、1989年公開のハリウッド映画『ブラック・レイン』。日本とアメリカの刑事の活躍と絆を描いたこの作品で高倉さんはニューヨーク市警から来た刑事役のマイケル・ダグラスとアンディ・ガルシアの日本での行動を監視する警部補役を演じました。そして松田さんは凶暴な男・佐藤役を熱演。鬼気迫る演技でハリウッドを震撼させました。『ブラック・レイン』で高倉さんとの共演を果たした松田さんが見た伝説とは・・・。妻の松田美由紀さんに聞きました。



その1「人生で唯一の・・・」

本当に(優作を)大事にしてくださって『ブラック・レイン』をやっていた時にオフショットの写真をよく優作が撮っていて。そんなことは多分、後にも先にも一度きりなんですね。優作が人の写真を撮るということは今までに一度しかなかったですね。高倉さんとパーティーに行った時の写真とかを見せてもらって、それがすごく打ち解けていて・・・。

しかし『ブラック・レイン』公開からわずか1ヵ月後、松田さんは40歳という若さでこの世を去りました。


その2「四十九日の後・・・」

優作の四十九日が終わったくらいだったと思うんですけど、突然、小林稔侍さんから電話があって「今から線香あげに行っていいですか」って言われて。それで入ってこられたのが高倉健さんで、お線香あげて優作の話を色々してくださいました。そのときに「実は『ブラック・レイン』が終わって落ち着いたらプレゼントしようと思ってたものがあるんだけど」って。開けてみたら、ロレックスの時計だったんです。「優作さんに渡したいんですけど」っておっしゃってたんです。

高倉さんは、感謝の気持ちを込め、様々な人に時計を贈っているのです。『四十七人の刺客』(1994年公開)で共演した石倉三郎さんもそのひとりです。

「『四十七人の刺客』は初めて健さんとセリフのやりとりをさせてもらった市川昆監督の映画なんですけれども、(撮影が)終わって「お前よくがんばったな」ってことで(時計を)頂戴したんですよね」
その時計の裏には、「石倉三郎様 高倉健」と彫られています。また『あ・うん』(1989年公開)で共演した板東英二さんも、

「夏の暑い時期の撮影でしたけど、(終わったあとに家のチャイムが)ピンポンって鳴るんですよ。(奥さんが)『健さんが来ていらっしゃる』って。玄関に健さんが立ってるんですよ。風呂敷を開けたら健さんからの時計だったんです。「戦友」「高倉健」って書いてくださっていて、もうそれは感動しましたよ」「高倉」と刺繍された風呂敷に入れられ板東さんに手渡されたのです。



<武田鉄矢が語る高倉健伝説>
当時、フォークシンガーとして活動していた武田鉄矢さんはこの作品が映画初出演。そんな武田さんに高倉さんはある気遣いを…。それは感動的なラストシーンの撮影。天候待ちが何日も続く中、ついに待望の晴れ間が見え、撮影開始となったのですが・・・。

今まで(気持ちを入れるのを)さぼってたもんだからバッテン(立ち位置)のところに立つんだけど、涙もなんにも出なくなって。「ここで泣かないと俺はもう本当に切腹もんだぞ」と。桃井(かおり)は女優だから、ガーっと入れ込んで(涙が)光ってるのに俺だけ(涙が)何にも出ないの。

絶対に泣かなければいけないのに涙が出ない。そんなプレッシャーに襲われていた武田さんを察し、高倉さんは・・・。

健さんが低い声で、「ここでお前らとは別れるけど、体大事に気をつけて東京帰るんだぞ」って。「あ、この人と別れるんだ」っていうスケジュール上の事実に気がついたら、なんか涙がでてきて。あの一言が本当にありがたかったな。

さらにこの映画完成後にはこんなことも…。

女房が夢のように話すんだけど、映画の試写会があったときに、俺はこんな偉大な人と一緒だったんだって女房に自慢したいから、健さんに「女房です!」って言うと、優しいんだな、あの人は。俺の女房に向かってかかとを揃えて、「高倉健といいます。鉄矢くんには大変お世話になりました」って。女房は「夢のようだった」って言いますよね。泣けてきちゃうね、なんかね。

「あなたにとって高倉健とは?」

あの人の基本性の中にある「人間は傷つきやすいんだ」っていう、「だからなるべく人と人とは優しい言葉をかけて生きていこうぜ」っていうような、人間に対するとても柔らかい優しい感情がいつも眼差しの奥にあるような気がしますね。見習わないといけないね、本当にね。


<板東英二が語る高倉健伝説>
『あ・うん』の重要なシーンのひとつが、板東さんが高倉さんに手をあげるシーン。緊迫感あふれるそんなシーンの裏には、ある秘密がありました。

健さんが「思いっきり殴ってきなさい」と。「あなたがどんな早さで殴ってきても僕はキチっと受けますから」と言って「こら門倉!」ってバーンっと殴りにいくんですよ。そしたら健さんがパン!とうまく受けてくださって。だから試写で見たら本当に殴っているんですよ。完全に。ただ、後からわかるんですが、あらゆるところに隠しカメラがあったんですよ。(板東さんに)思いっきり殴らしてやろうと思ってて、それをどのカメラが一番迫力あるシーンをおさえられるかっていうのを考えてくれてたんですね。

そして、この映画で板東さんは日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞することになるのです。

「あなたにとって高倉健とは?」

みなさんが思っている以上に気配りがあって、人の気持ちというものをいつも考えてくださって情があらゆるところで見受けられるというか、なんであの年でそんなに色んなことに気がつかれるのかなって。



<石倉三郎が語る高倉健伝説>

デビュー前から40年近い付き合いで多くの高倉健作品に出演。さらに高倉健の倉の字をもらって芸名にした、石倉三郎さん。

よく冬の大雪の北海道の山の中でロケするじゃないですか。「ガンガン」っていう缶に炭を入れて暖を取るやつがあるんですけど、健さんはそれにもあたらないでしょう。ふんばってコーヒーをちょっと飲むような人ですからね。

なぜ高倉健さんは撮影現場で座らないのでしょうか?

私流に生意気に言わせてもらうと、芝居の中に入っているんでしょうね。日常に戻したくないんじゃないですかね。座るということは休憩すること、結構日常でしょう。役で生きてるから、役を離れることは嫌なんじゃないかな。

「あなたにとって高倉健とは?」

ご本人には叱られるかもしれませんけど、私にとっては神ですよね。あの人がいなかったら、私、今いませんしね。足を何回向けても寝れません。



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