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高倉健 掲示板
日時: 2014/11/18 13:44
名前: 高倉健 掲示板

(*)高倉健(たかくらけん)プロフィール
本名 :小田剛一(おだごういち)
生年月日 :1931年2月16日
没年月日 :2014年11月10日(満83歳没)
出身地 :福岡県
血液型 :B型
2013年 文化勲章 受章

<主な出演映画>
電光空手打ち , 日本侠客伝 , 昭和残侠伝 , 網走番外地 , 八甲田山 , 幸福の黄色いハンカチ , 鉄道員(ぽっぽや) , あなたへ
野性の証明 , 遙かなる山の呼び声 , 駅 STATION , ゴルゴ13 , ブラック・レイン , 南極物語 , 居酒屋兆治

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(*) 高倉健さんインタビュー
http://urx.nu/efU5

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(*) 高倉健(写真集,DVD,ブルーレイ,CD,書籍,著書,資料)
http://urx.nu/efUm

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(*) 高倉健 動画「冬の華」
http://www.dmm.com/digital/cinema/-/detail/=/cid=5059toei00985/photogallery-001

<あらすじ>
関東の東竜会幹部・加納秀次は、会長の坂田の命令で、関西に寝返ったかつての兄貴分・松岡を殺害し北海道旭川刑務所で服役することになる。殺された松岡には3才になる洋子という一人娘がおり、彼女を舎弟の南に託して成長を見守ることにする。刑務所生活での唯一の楽しみは、ブラジルにいる伯父と偽っての南と竹田を通じての洋子との文通であった。そして15年が経ち、加納は出所する。

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俳優の高倉健さんが死去 「幸福の黄色いハンカチ」

 映画「幸福の黄色いハンカチ」などで知られ、日本映画を代表する俳優の高倉健(たかくら・けん、本名=小田剛一=おだ・ごういち)氏が2014年11月10日、悪性リンパ腫のため東京都内の病院で死去した。83歳だった。

 1955年に東映入社、翌年「電光空手打ち」でデビュー。「日本侠客伝」「昭和残侠伝」「網走番外地」などの任侠映画シリーズでクールなやくざ役を演じ同社トップ俳優に。人気シリーズの「唐獅子牡丹(ぼたん)」でのせりふ「死んでもらいます」は流行語になった。

 寡黙なヒーロー役がはまる俳優としての評価は年を重ねてさらに磨かれ、76年の東映退社後も「君よ憤怒の河を渉れ」「八甲田山」「幸福の黄色いハンカチ」などの大作で好演した。

 「不器用ですから」の口癖で知られ、プライベートでも礼儀正しい態度が役者の間でも好感を持たれた。

 99年の「鉄道員」ではモントリオール世界映画祭主演男優賞を受けるなど国際的にも活躍。テレビコマーシャルにも多く出演した。

 98年紫綬褒章、2006年文化功労者、13年文化勲章。



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(*)注目の情報
http://urx.nu/clyj



メンテ

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高倉健伝説 ( No.9 )
日時: 2014/11/18 14:25
名前: 高倉健 掲示板

映画俳優・高倉健さんの伝説に迫る!!
ttp://www.tv-asahi.co.jp/ss/contents/smatimes/180/index.html
準レギュラーの草なぎ剛さんが久しぶりに登場したスマステーション。特集は、『ビートたけし・志村けん・松田優作が見た映画俳優・高倉健伝説』です。
高倉健さんのスクリーンデビューは1956年。その人気を確固たるものとしたのは、『昭和残侠伝』(1965年公開)シリーズに代表される任侠映画の数々でした。また、『幸福の黄色いハンカチ』(1977年)や『鉄道員』(1999年)など、4つの作品で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞するという偉業も成し遂げています。その活躍は国内に留まらず、ハリウッド映画『ブラック・レイン』などに出演し、世界からも称賛を受けているのです。番組では、そんな健さんの素顔を、共演経験があるたけしさん、志村けんさん、武田鉄矢さんらが語ってくれました。
8月25日に公開される映画『あなたへ』は、亡き妻の遺言に従い、富山から妻の故郷である長崎まで1200kmの旅に出るひとりの男の姿を描いた、高倉健さんの最新主演作です。この映画で、田中裕子さん、佐藤浩市さん、綾瀬はるかさん、大滝秀治さん、岡村隆史さん、ビートたけしさんらとともに、健さんとの共演を果たした我らが草なぎさん。「一緒に朝食を食べたんですけど、緊張して、もう何を食べているのかわからなかったです。映画を見ているような感じでした」と、草なぎさんが共演時のエピソードを話している最中、スマステの歴史に残る大事件が起きました。何と、健さんご本人がスタジオに登場したのです!! 何も知らされていなかったため、あ然としている草なぎさんを尻目に、「『TVタックル』のスタジオに行きたいんだけど…」と、手にしたメモを香取編集長に見せながら登場するというジョークを見せてくれた健さん。生放送の番組出演は今回が初めてという健さんは「裏で見ていたんですけど、そんなに持ち上げられても…」と言いながら、有名衣料品チェーンに初めて行ってトレーナーの上下を買った話などを披露してくれました。

<ビートたけしさんが語る高倉健伝説>

その1「まさかのお出迎え」

雪の中でね、深夜に着いたのかな。雪がワーワー降ってて、ドア開いたらね、20何年前だけど、花束を持って健さんが立ってたの。驚いちゃってさ。「高倉です」とか言って「今回はありがとうございました」って花もらっちゃって。花もらったのはいいけど、どうしよう、どうしようと思ってオロオロオロオロして旅館まで行っちゃったんだけど(笑)。

1985年に公開された、高倉健さん主演映画『夜叉』で高倉さんと初共演を果たしたビートたけしさん。そして今回の映画『あなたへ』でも・・・。

今回は駅じゃなくてね、駅前の俺のバン(車)に乗るときにサッときて挨拶しようと(健さんが)思ってたらしいのね。「たけちゃん」っていう風に声をかけられたの。「地元の危ない人が来た」と思ってすごい早足で知らんぷりしてカギを閉めようと思ったら「俺だよ、俺、高倉だよ」って。「あ、すいませんでした!地元の危ない人かと思って」と言ったら、「やめてよ、そういう事言うの」って言われた(笑)。



その2「気遣いの人」

『夜叉』の時に全部で7、80人の宴会があって、そこの女将さんが俺と健さんと田中邦衛さんたち辺りの席だけにフグを出して「食べて下さい お店からです」って言ったの。健さんがふっと辺りを見て「あの、これはここだけですか?」「みんなにも同じもの出してください」「そうじゃないと食べづらいんですよ」って。女将さんは「失礼しました」って下げちゃうんだけど、しばらくしてフグがみんなに出たの。よくあんなに(フグを)揃えたなと思って板前に聞いたら「半分カワハギです」って。「うまい、うまい」って誰も気づいていなかった(笑)。高倉健がいかにすごいかって言うと、みんながロケしている時に絶対椅子には座らないし、雪がすごいシーンでたき火があるのにそれに当たらない。「みなさんが働いているのにそんな事できない」って。この間、久々に『あなたへ』っていうので会ってロケ地で椅子出したら健さんまた座んないから「健さん座ってくださいよ」って言ったら、「何言ってるんだ。たけちゃんが『夜叉』の時にあんな事言うから、あれ以来俺はロケ現場で座れなくなっちゃったんだよ」って(笑)。

そんな高倉健さんに周囲のスタッフ・キャストも気を遣うため、『夜叉』の撮影中にはこんな出来事も・・・。

夜に電話かかってきて健さんが「たけちゃん遊びに来ないか?」「俺はコーヒーしか飲まないけど、酒も用意してあるよ」って言うから喜んで行っちゃって、店に入ったら健さんがそこに座っているわけ。それで「さて、酒飲もうかな」って飲んで、ひっくり返ったりなんかしてパッと見たら、小林稔侍さんとか田中邦衛さんとか正座してるの。鬼のような顔して田中邦衛さんが睨んでいるわけ。「どうしようかなこれ・・・」と思って反転して「酔っぱらったので帰ります」とか言って急いで帰っちゃった。驚いちゃった(笑)。


その3「意外と笑い話好き」

「たけちゃん、この間こんな事あってさ」って言って話してくれたのは、銀座に車停めてたらベロベロの酔っ払いが後ろの座席開けてパッと乗って「渋谷まで行ってくれ」って。「私の車です」とか言うんだけどしょうがないから渋谷まで送ったら「運賃いくらだ?」って言う。「俺の車だけど」って言ったら「え〜! わぁ高倉健だ!」って真っ青の顔して(車から)出て行った。「あの人は未だに悪夢だと思ってるんじゃないかな」って(笑)。

「あなたにとって高倉健とは?」

長嶋さんや王さん、金田さんとかプロ野球のスターは、スターたる時代に生まれた時代に活躍したよね。今はメジャーっていうのがあって、イチローは一番良い舞台がメジャーに揃っていたりする。だから、今のプロ野球選手って一番のステージがないんだね。かわいそうにね、メジャーっていうのがあっちゃったから。石原裕次郎さんとか美空ひばりさんも一番活躍して、みんなから「ワー」と言われるステージがあってその時代に生きた人たちだよね。健さんは今、高倉健がスターであり得る場所にまだいるんだよ。時代もまだそうなのだから、いいなぁと思いますよ。


<志村けんさんが語る高倉健伝説>
僕が聞いたところではですね、本(原作)の中には僕の役はないんですけども、高倉健さんが僕をキャスティングしたいという話を聞いて、私はもうふたつ返事で「はい」って返事しましたけどね。小さいころから見てる銀幕の大スターですからね。もし、一緒の映像に出られるんだったらこんな夢のような話ないですから。

志村さんがふたつ返事で出演を決めたというのは、1999年公開の『鉄道員』。閉山のウサ晴らしから酒を飲み乱闘する、男気溢れる炭鉱労働者役を見事に演じました。その作品のメインのロケ地となった北海道に志村さんが入る前日に、こんなことがあったそうです。



その1「前日、留守電に・・・」

スタジオで本番が終わって楽屋に帰ったら留守電が入ってまして「あれ?誰だろう」と思って聞いてみたら、「弟子入り志願の高倉健ですけども、こちら寒いですから明日は気を付けてきてください」って入っていたんですね。そこまで優しくしてくれるんですよね。僕たぶん、緊張してどうするのかがわからないので、映画に出るのも初めてでしたから。そういうところの気遣いがすごく嬉しかったですね。(撮影現場に到着し)楽屋に入ったら、高倉健さんは「乙松」って役なんですけども、花がざっと置いてあって「なんなりとおっしゃってください 乙松より」って。これはちょっと感動しましたね。ご挨拶に行ったときには、なにせオーラがあって「うわぁ、大きいなぁ・・・」って足震えましたよ、私。握手させていただいて「よろしくお願いします」って。もう感動しましたね。震えました、本当に。


その2「志村けんのコントキャラのマネを…?」

僕もイメージとしては「すごく静かな方」と思ってたんですけども、ものすごくおしゃべりで面白い方でしたね。小林稔侍さんが言うには、僕の番組を割と見てて僕が(コントでやっている)おじいさんの寿司屋の役のマネを健さんがするって。小林さんが「やってみてよ」と言うと、高倉健さんは「今はできない」と言ったのを覚えています。


その3「意外とアドリブ好き」

僕が酔っ払って担がれていくシーンで「(撮影が)もう終わりだなー」っと思った時に、健さんがいきなり「タクシー」とかってアドリブで言ったもので僕は驚いたんですけども、そこは映画ではカットになっていました。それから、僕が酔っ払って健さんと稔侍さんに送ってもらったシーンで、酔っ払っている(芝居をしている)僕に高倉健さんが「あ、こいつしょんべん漏らしてる」ってアドリブで言ったんです(笑)。そこもカットになっていましたが、スタジオでは受けてました。

そんなアドリブを入れてくる高倉さんは志村さんに対して、撮影中にこんなことを…。

台本に(自分は酔っ払って)寝てるっていうト書が書いてあったんですけど、高倉健さんが「寝てるんじゃもったいないからなんかやらしたほうがいい」って。で、監督が僕に「酔っ払ってなんか歌ってください」なんて言うんですけど、急にその場で言われたもんでね、ちょっと大変だったことは覚えてますね。歌ったのは時代的にそうだなと思って「夢は夜開く」って曲を歌ったんですけども。

撮影中、志村さんは高倉さんの映画に対する思いにも触れたといいます。

その時もいろいろ「テレビとかおやりにならないですか?」って聞いたら、高倉健さんは映画の(現場の)土が好きで「テレビスタジオのタイルがどうも合わないんだ」っていうのをおっしゃっていたので、本当はぜひ「バカ殿」とかに出てほしいんですけども、無理ですよね、それは。無理は承知です、わかっています(笑)。

「あなたにとって高倉健とは?」

夢のような方ですけどね、やっぱりお会いしてから、(高倉さんの)優しさが心の中にずっとあります。今はもうそういう人は少ないけれども永遠のスターですね。



<松田優作が見た高倉健伝説>
高倉健さんと松田優作さんが共演を果たしたのが、1989年公開のハリウッド映画『ブラック・レイン』。日本とアメリカの刑事の活躍と絆を描いたこの作品で高倉さんはニューヨーク市警から来た刑事役のマイケル・ダグラスとアンディ・ガルシアの日本での行動を監視する警部補役を演じました。そして松田さんは凶暴な男・佐藤役を熱演。鬼気迫る演技でハリウッドを震撼させました。『ブラック・レイン』で高倉さんとの共演を果たした松田さんが見た伝説とは・・・。妻の松田美由紀さんに聞きました。



その1「人生で唯一の・・・」

本当に(優作を)大事にしてくださって『ブラック・レイン』をやっていた時にオフショットの写真をよく優作が撮っていて。そんなことは多分、後にも先にも一度きりなんですね。優作が人の写真を撮るということは今までに一度しかなかったですね。高倉さんとパーティーに行った時の写真とかを見せてもらって、それがすごく打ち解けていて・・・。

しかし『ブラック・レイン』公開からわずか1ヵ月後、松田さんは40歳という若さでこの世を去りました。


その2「四十九日の後・・・」

優作の四十九日が終わったくらいだったと思うんですけど、突然、小林稔侍さんから電話があって「今から線香あげに行っていいですか」って言われて。それで入ってこられたのが高倉健さんで、お線香あげて優作の話を色々してくださいました。そのときに「実は『ブラック・レイン』が終わって落ち着いたらプレゼントしようと思ってたものがあるんだけど」って。開けてみたら、ロレックスの時計だったんです。「優作さんに渡したいんですけど」っておっしゃってたんです。

高倉さんは、感謝の気持ちを込め、様々な人に時計を贈っているのです。『四十七人の刺客』(1994年公開)で共演した石倉三郎さんもそのひとりです。

「『四十七人の刺客』は初めて健さんとセリフのやりとりをさせてもらった市川昆監督の映画なんですけれども、(撮影が)終わって「お前よくがんばったな」ってことで(時計を)頂戴したんですよね」
その時計の裏には、「石倉三郎様 高倉健」と彫られています。また『あ・うん』(1989年公開)で共演した板東英二さんも、

「夏の暑い時期の撮影でしたけど、(終わったあとに家のチャイムが)ピンポンって鳴るんですよ。(奥さんが)『健さんが来ていらっしゃる』って。玄関に健さんが立ってるんですよ。風呂敷を開けたら健さんからの時計だったんです。「戦友」「高倉健」って書いてくださっていて、もうそれは感動しましたよ」「高倉」と刺繍された風呂敷に入れられ板東さんに手渡されたのです。



<武田鉄矢が語る高倉健伝説>
当時、フォークシンガーとして活動していた武田鉄矢さんはこの作品が映画初出演。そんな武田さんに高倉さんはある気遣いを…。それは感動的なラストシーンの撮影。天候待ちが何日も続く中、ついに待望の晴れ間が見え、撮影開始となったのですが・・・。

今まで(気持ちを入れるのを)さぼってたもんだからバッテン(立ち位置)のところに立つんだけど、涙もなんにも出なくなって。「ここで泣かないと俺はもう本当に切腹もんだぞ」と。桃井(かおり)は女優だから、ガーっと入れ込んで(涙が)光ってるのに俺だけ(涙が)何にも出ないの。

絶対に泣かなければいけないのに涙が出ない。そんなプレッシャーに襲われていた武田さんを察し、高倉さんは・・・。

健さんが低い声で、「ここでお前らとは別れるけど、体大事に気をつけて東京帰るんだぞ」って。「あ、この人と別れるんだ」っていうスケジュール上の事実に気がついたら、なんか涙がでてきて。あの一言が本当にありがたかったな。

さらにこの映画完成後にはこんなことも…。

女房が夢のように話すんだけど、映画の試写会があったときに、俺はこんな偉大な人と一緒だったんだって女房に自慢したいから、健さんに「女房です!」って言うと、優しいんだな、あの人は。俺の女房に向かってかかとを揃えて、「高倉健といいます。鉄矢くんには大変お世話になりました」って。女房は「夢のようだった」って言いますよね。泣けてきちゃうね、なんかね。

「あなたにとって高倉健とは?」

あの人の基本性の中にある「人間は傷つきやすいんだ」っていう、「だからなるべく人と人とは優しい言葉をかけて生きていこうぜ」っていうような、人間に対するとても柔らかい優しい感情がいつも眼差しの奥にあるような気がしますね。見習わないといけないね、本当にね。


<板東英二が語る高倉健伝説>
『あ・うん』の重要なシーンのひとつが、板東さんが高倉さんに手をあげるシーン。緊迫感あふれるそんなシーンの裏には、ある秘密がありました。

健さんが「思いっきり殴ってきなさい」と。「あなたがどんな早さで殴ってきても僕はキチっと受けますから」と言って「こら門倉!」ってバーンっと殴りにいくんですよ。そしたら健さんがパン!とうまく受けてくださって。だから試写で見たら本当に殴っているんですよ。完全に。ただ、後からわかるんですが、あらゆるところに隠しカメラがあったんですよ。(板東さんに)思いっきり殴らしてやろうと思ってて、それをどのカメラが一番迫力あるシーンをおさえられるかっていうのを考えてくれてたんですね。

そして、この映画で板東さんは日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞することになるのです。

「あなたにとって高倉健とは?」

みなさんが思っている以上に気配りがあって、人の気持ちというものをいつも考えてくださって情があらゆるところで見受けられるというか、なんであの年でそんなに色んなことに気がつかれるのかなって。



<石倉三郎が語る高倉健伝説>

デビュー前から40年近い付き合いで多くの高倉健作品に出演。さらに高倉健の倉の字をもらって芸名にした、石倉三郎さん。

よく冬の大雪の北海道の山の中でロケするじゃないですか。「ガンガン」っていう缶に炭を入れて暖を取るやつがあるんですけど、健さんはそれにもあたらないでしょう。ふんばってコーヒーをちょっと飲むような人ですからね。

なぜ高倉健さんは撮影現場で座らないのでしょうか?

私流に生意気に言わせてもらうと、芝居の中に入っているんでしょうね。日常に戻したくないんじゃないですかね。座るということは休憩すること、結構日常でしょう。役で生きてるから、役を離れることは嫌なんじゃないかな。

「あなたにとって高倉健とは?」

ご本人には叱られるかもしれませんけど、私にとっては神ですよね。あの人がいなかったら、私、今いませんしね。足を何回向けても寝れません。



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